新沼海事代理士/行政書士事務所

|サイトマップ| Google
 
Web 事務所内

Home
トップページ

Topics
お知らせ・新着

事務所紹介
管理人の紹介

業務案内
取扱業務の概要

講習日程
小型船舶の講習日程

Column
趣味の書き物です

お問い合わせ(SSL)
RapidSSL Site Seal
御意見・御相談

Link

関連リンク集


 コラムとはいっても、好きなことについて好きなように書いているだけですので、読み終わった後に、「だから何?」と感想を持たれること請け合いです。そんな勝手気ままな文章しかありませんが、お時間が有り余って仕方ない方は、是非ともお読み下さい。
 なお、文章中に出てくる法律用語には、極力括弧書きで説明を入れていますが、普段は法律用語の方に慣れてしまっていますので、分かり辛い単語や文章がありましたら、お気軽にお問い合わせRapidSSL Site Sealから御指摘下さい。説明は分かり易いようにと思い、厳密には若干ニュアンスが異なる説明もありますが、敢えて断言しています。また、引用・参照文献や判例の記載は特にしておりません。以上の点につき予め御了承下さい。




CONTENTS


 こちらのコーナーに関する御意見・御感想等は、お問い合わせRapidSSL Site Sealよりお願いします。
 次回のテーマ・更新日は、完全に未定ですので、御期待せずにお待ち下さい。




過失相殺率と過失割合−過失?過失相殺?

 交通事故を取り扱うサイトの多くに、「過失割合」という言葉が多く見受けられます。しかし、「では過失割合って何だ?」と言われると、なかなかはっきりとは答えられないものです。
 そこで、今回は、過失相殺率・過失割合の前提として、「過失とは何か?」をお話したいと思います。実はかなり複雑な分野ですので、前回以上に長文になってしまいました。始めにお詫びしておきたいと思います。

 交通事故による損害賠償責任は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」)§3により、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。(以下省略)」と規定されています。本規定は、民法§709「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」の特則(個別に修正された特別な規定)とされています。要するに、「故意又は過失」がなくても、自動車で人身事故を起こした人は、損害賠償を支払いなさいということです。これを運行供用者責任などと呼んでいます。
 なぜ自賠法§3のような規定ができたかというと、自賠法施行前は、民法§709の一般不法行為規定によって損害賠償を求めていたため、故意・過失の立証責任は、原告(通常は被害者側)が負うこととなっていました(自賠法§3のような特則がなければ、民法§709等の不法行為規定に依ることとなりますし、交通事故等特則がある場合であっても、故意・過失の立証が必要ないだけであって、それ以外の事実について原告が立証責任を負うこと自体は変わりません)。
 では、なぜ「過失」という言葉が出てくるのでしょうか? 例えば、みなさんが自動車を運転していたとします。すると、道路の先でフラフラと自転車をこいでいる人を見付けました。一応気を付けてはいたのですが、自転車の人が、急に目の前に出てきてしまい、避け切れずに接触してしまいました。その結果、自転車の人が怪我をしてしまいました(=損害の発生)。確かに、危険かもしれないということは認識していた(予見可能性がある)のですが、その危険を回避するための十分な行動(結果回避行動)が足りず接触してしまったのですから、前方不注意といえるでしょう。しかし、自転車の人にも、それなりに責められるべき点(過失)が存在するといえます。それなのに、怪我をした際の損害を全額負わされるのは、何だか不合理だと思いませんか?
 そこで、自転車の人の過失の分を賠償すべき損害額から減額するのですが、これは民法§722-U(債務不履行の場合は§418)に規定されており、「過失相殺(過失割合ではありません)」と呼んでいます。その過失相殺の際における被害者・加害者それぞれの割合のことを、過失割合や過失相殺率、過失相殺割合等と呼んでおり、不法行為の要件(条件のこと)としての過失とは、異なった根拠条文の言葉なのです。
 先にも述べましたが、自賠法§3は、被害者救済を目的として、不法行為の故意・過失の立証責任を修正しただけですので、過失相殺は適用されます。したがって、不法行為の過失の立証は必要ないとしても、過失相殺において、「過失」という言葉が出てくるのです。同じ「過失」という言葉ではありますが、民法§709(不法行為)と§722-U(過失相殺)では、若干ニュアンスが異なりますので、この点については後述したいと思います。

 陳者、話を少し戻します。不法行為でいわれる一体「過失」とは何でしょうか?
 一般的には、「不注意」「誤り」などといわれていますが、これは主観的過失と呼ばれます。小難しくいえば「損害の発生について予見可能である(予見可能性がある)にも拘らず、相当の注意を払わなかった」ということです。先の例を用いると、先にある信号機が赤になるのではないかということにだけに注意が行ってしまい、自転車の人を大して気にしなかった場合などです。
 さらに、法律的な意味ではもう少し広い概念になってきます。内心的な問題としての主観的過失のみならず、やってはいけない行動をとった場合にも過失があると判断されます。こちらも小難しくいえば「予見可能性があり、危険な結果を回避すべき行為義務があったにも拘らず、その義務を怠った」ということです。上の例では、自転車の人がフラフラしているのを注意してはいたが、信号機が赤になるのではないかと思い、猛スピードを出してしまった場合などです。この場合、主観的過失からすれば、自転車の人には十分注意を払っていたので、過失がないともとれます。しかしながら、自転車の人を注意していたかどうかは問題ではなく、自転車の人に十分な注意を払い、事故を起こさないようにしなければならないにも拘らず猛スピードを出したという、自動車の運転者に求められる安全運転義務に違反した行為自体が過失と判断されます。
 以上から、過失とは「損害発生の予見可能性があるにも拘らず、結果回避義務を怠ったこと」といわれています。例えるなら、自転車でフラフラしている人がいて、その危険性を察知し、接触しないよう十分な注意を払った上で、その危険を回避するために必要な運転をすべきであり、これらを怠った場合は過失があるということです。
 自賠法§3は、この加害者の過失、つまり、予見義務違反や結果回避義務違反を立証しなくてよいという規定なのです。
 蛇足ではありますが、予見義務や結果回避義務についての注意は、通常人(一般の人)に必要な注意義務であるとされていますが、これは、世間一般の人とは限りません。特定の分野であれば、その分野の通常人(訴訟ならば一般的な弁護士、医療ならば一般的な医師や病院)のことを指します(特定の分野における注意義務は、専門家責任などとも呼ばれています)。

 前述したとおり、不法行為と過失相殺では若干ニュアンスが異なると述べましたが、その違いをお話します。
 不法行為においては、ある不法行為者(加害者)個人の資質・能力として、予見義務・結果回避義務を怠った(具体的過失)かどうかを考えるのではなく、前段の最後に述べたとおり、平均的・合理的な通常人というものを仮定し、その通常人を基準として過失の有無が判断されます(抽象的過失、実際には不法行為者の属性に応じた判断がなされるため厳密な意味での抽象的過失とは若干異なります)。
 したがって、不法行為の責任を負わされる根拠としては、ある特定の個人(不法行為者)が行った違法な行為に対する、個人的な非難可能性(責任を負わすに値するか否か)があるかが問題なのではなく、一般的にみて、社会的な非難可能性があるが問題であると考えられます。いずれにしても、不法行為者を非難するための根拠(不法行為の要件)として、責任能力(法律的な非難を加えられる能力=予見・結果回避が可能な判断力)が必要であるとされています。この責任能力とは、行為の責任を弁識(識別・わきまえること)するに足るべき知能とされいます。行為の責任を弁識するに足るべき知能とは、道徳的な善悪を判断できる知能以上のもので、加害行為の法律上の責任を弁識するに足るべき知能のことです(12歳前後の能力が基準とされていることが多いです)。
 余談ですが、過失が主観的過失と捉えられていたときは、故意・過失を追及するための論理的前提として、責任能力が必要である考えられていました。過失が客観的過失と捉えられている現在では、責任能力は、政策的な不法行為者保護という見地で考えられています。
 一方、過失相殺においての過失では、責任能力は不要とされています。これは、過失相殺という規定が、被害者に不法行為責任を負わせるためのものではなく、被害者に生じた損害の公平な分担を目的としているからです。損害の公平な分担とは、損害の全てを不法行為者に負わせるのは妥当ではない場合、つまり、前述の自転車がフラフラしていたという例のように、被害者にも責められるべき点がある場合、不法行為者の違法性又は非難可能性を減少させるため、被害者の責められるべき点については、その損害額を減額させようということです。したがって、不法行為の要件たる過失とは、根本的に異なります。
 過失相殺の場合には、責任能力は必要なく、事理弁識能力(読んで字の如く、事の道理をわきまえる能力)があれば足りるとされています(事例により差はありますが、概ね小学校入学前から低学年程度の能力といってよいと思います)。責任を負わせるための過失を判断材料とするのではなく、損害の公平な分担を図るため、被害者の行為態様そのものを判断材料とするということです。
 前述の例において、自転車の人が小学生だったとします。小学生では、フラフラと走行して事故を起こした場合、法律上の責任(道路交通法違反や不法行為等)を問われるかどうかを判断することまでは期待できません。しかし、フラフラと走行していては、自動車と接触するかもしれないので危険だということは分かってもよさそうなものです。したがって、そのフラフラと走行していたという行為態様自体をもって、損害額を減額しようというのが過失相殺なのです。

 以上のように、不要行為の要件と過失相殺では、同じ「過失」という言葉を用いながら、全く違う概念を表しているといえます。

 随分と長くなってしまいましたので、今回はこの辺で終わりたいと思います。今回の話で過失について分かって頂けたとは思いません。実際、書いている人間自身が、未だに理解し切れていないのですから、皆さんに分かりやすい文章を書くことなど不可能な話です(申し訳ないです)。
 しかし、大雑把に、不法行為の過失は、責任を負うに足りる能力が必要であり、過失相殺の過失は、損害額が減額される程度の被害者の行為態様だというを覚えておいて頂きたいと思います。そうすると、次回予定の「過失相殺率と過失割合の違い」が読みやすくなると思います。


Top




事実証明業務と権利義務業務

 我々行政書士が作成できる書類は、大きく3つに分けられています(行政書士法§1の2)。@官公署に提出する書類、A権利義務に関する書類、B事実証明に関する書類、です。
 上記の書類はどんなものかは、何となく分かるとは思います。官公署に提出する書類とは、行政庁に対する申請等のことです。権利義務に関する書類とは、私的関係における権利の変動(発生・変更・消滅)を主張するもの、即ち何らかの請求をする書類や時効の援用(時効の主張のこと)をする書類のことです。事実証明に関する書類とは、店舗の図面等の単に事実を書面化しただけのものです。
 例示したような典型的な書類であれば分かり易いのですが、中には微妙なものもあります。例えば、会社の定款や議事録などが挙げられ、実際に事実証明に関する書類という人もいれば、権利義務に関する書類という人もいます。日行連HPのQ&Aでは、「権利義務に関する書類とは、権利の発生、存続、変更、消滅の効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする書類」として、嘆願書や請願書等を例示している一方、「事実証明に関する書類とは、社会生活にかかわる交渉(公証の誤りかと思います)を有する事項を証明するにたる文書」として、定款や議事録を例示しています。実際にはどちらなのでしょうか?これらを分類することは、実はかなり細かい論点だと考えています。

 話は少しそれますが、日本の法律は、そのほとんどが「AならばB」という形式で書かれいます。例えば、「年齢20歳をもって、成年とする」(民法§4)です。ここで、A(年齢20歳)のことを「要件(条件のこと、刑法では構成要件)」、B(成年とする)のことを「効果(結果・作用のこと)」と呼んでいます。要件に該当する事実(年齢が20歳に達しているという事実)のことを「要件事実」と呼んでいます。
 要件・効果を前提にすると、法的には、「事実」は3種類に評価されます。1つ目は、それのみで要件となり得て、直接的に効果を発生させる事実(主要事実)。2つ目は、主要事実に関連し、間接的に効果を発生させる事実(間接事実)。これは、主要事実の存否に争いがあり、これを証明する必要がある場合に、主要事実の存在を推認させる事実のことです。最後に、法律上の効果とは全く関係のない、単なる事実です。前二者が要件事実、最後が法律的に意味のない事実ということになります。
 あまり細かい話をしてしまうと、自分でも訳が分からなくなってしまいますので、要件事実論はこの辺にしておきます。詳しい要件事実論をお知りになりたい方は、要件事実論や民事訴訟法の書籍を御覧下さい。司法試験受験生、法科大学院生や司法修習生がお近くにいらっしゃるようでしたら、答えてくれるかも知れません。

 ここで閑話休題。小難しい話を長々としてしまいましたが、結局何が言いたいのかというと、法的に評価されるか否かに関わらず、世の中に存在するものないし存在していたものは、おおよそ「事実」なのです。
 つまり、事実証明に関する書類とは、世に存在するものないし存在していたもの全てを書面化したものということができます。その中でも、要件事実に該当するもの、即ち法律効果を生じるものに関する書類のことを、権利義務に関する書類と呼んでいるだけなのです。
 先の例で言えば、会社の定款自体は、単に会社のルールを記したものに過ぎないので、定款作成は、事実証明に関する書類の作成です。しかし、新たに会社を設立する場合(会社設立は合同行為という法律行為になります)になると、定款を作成することは、会社設立の要件となっていますので、定款作成は、権利義務に関する書面を作成することになってきます。
 もう1つ例を挙げれば、ある店舗の見取図を作成することは、事実証明の書類作成です。ところが、何らかの営業許可を取るために、店舗の見取図が絶対的に必要な場合は、官公署へ提出する書類の作成になってきます。

 以上から、行政書士の業務とは、先ず官公署への提出書類を作成することにあると思います。次に、調査→書面化といった作業の流れは、私的関係についても同様であることから、官公署への提出書類以外の事実証明書類も作成することができ、その事実証明書類が、要件事実である場合も少なくないことから、権利義務に関する書類も作成できるといったところでしょうか(特に根拠がある推測ではないので、絶対に鵜呑みにしないで下さい)。
 最初の論点からすれば、「何が権利義務に関する書類で、何が事実証明に関する書類である」と演繹的に見るのではなく、作成した書面の目的から、帰納的に分類することが必要なのではないかと思います。

 最後に1つ。行政書士は、あらゆる書類を作成することが可能であるように述べましたが、当然他の法律(弁護士法や司法書士法)に抵触する書類を作成することはできません。特に、弁護士法の問題を取り沙汰されることが多いです。
 しかし、弁護士とは、ある人の代理を権限内で包括的に行うのが仕事です。他方、行政書士は、ある人を代理して書類を作成するのが仕事です。ある事実を書面化するだけの業種であり、そこに、相手方との交渉の余地は、一切介在しません。弁護士という業種とは、本来的にその目的を異にするのです。
 稀にではありますが、行政書士の中に、事務弁護士(法廷に立てない弁護士。英米法制の国に見受けられる制度だったと記憶していますが、どの国で事務弁護士制度を採用しているかは分かりません)を称したり、代理権限を過大にアピールしている人が見受けられます。行政書士という業種の生い立ちや、抵触する可能性のある業種との差異を鑑みれば、自ずと上記の様なキャッチフレーズ等は出てこないはずなんですが…
 誤解のない様に付け加えさせて頂きますと、別段こんなところで同業者を叩くつもりなどさらさらなく、行政書士という肩書きを附しているだけで、そのような無知なのか勘違いしているのか分からないような人と同じ目で見られるのが、心底嫌なだけですのでお含み下さい。

 今回、なぜこの様な不毛なテーマを選んだかといいますと、人からよく「行政書士ってどんな仕事ができるの?」のようなことを聞かれます。自分でもよく分かっていないのも手伝って、答えに詰まることが多々あります。たまにですが、「何でもできて、何にもできない」と答えることがあったのですが、今回のテーマを書くことで、その意味を少し理解して頂ければと思った次第です。
 このコラムを御覧になって、行政書士の仕事を御理解できた方は先ずいらっしゃらないと思いますが、「何でもできて、何にもできない」業種ですので、「どうすればよいか分からない」「どこに相談すればよいか見当がつかない」といった方は、取り敢えずお近くの行政書士に聞いてみてはいかがでしょうか。その行政書士に他の資格者とのコネクションがなくとも、どの資格者に相談すればよいかく


Top     Home